臨床心理士が妊娠すると,どうなるのか?
まったく普通の妊婦である。
ただし,自己を客観的にみつめるもうひとつの目がある。
その目にうつったものを書いていこうと思う。


妊婦は自己中心的である。
妊娠したとたん,自分のこと,自分の体調のこと,自分の赤ちゃんのことしか考えられなくなった。
仕事をしようとするとイライラし,いやなことをしようとすると涙が出て,外出しようとすると気持ちが悪くなる。


そう,クライエントのために,カウンセリングのために自己管理をすることはもはやできない。感情も,体調も管理できない。
どんなに寝ても眠く,どんなに食べてもお腹がすく。
ストレスをためないように努めてもイライラする。
はやく寝たところで,トイレが近いので何回も目が覚める。
便秘と吐き気を抑える食べ物のことばかり考える。


妊婦というのはもっともカウンセリングに不向きな状態なのではないだろうか。
自分と赤ちゃんのことが優先されてしまい,クライエントを中心にものごとを考えることができなくなるのだ。
こうなってしまうと仕事は休むしかない。もちろん,つわりも体調不良もなく元気いっぱい仕事ができる妊婦もいるし,体調不良をおしてがんばらざるを得ない妊婦もいる。けれど,妊娠というのは,一生のうちでもっとも自己中心的になることが許される(あるいは遺伝的にそうなることがプログラミングされている)リフレッシュ休暇なのかもしれないとも思う。


このところ自分がずいぶんと本能に支配されているのを感じる。
妊娠という原始的な営みによって,脳と身体は本能に刻まれた自己防衛手段を実行している。
安全なところから出たがらず,自分を守ってくれる存在のみを許し,それ以外を完全に排除しようとする。
1日中食べ物と自分の体調のことばかり考える。なにを食べようか,なにが食べたいか。
自分の心が研ぎ澄まされ,自分の身体がなにを食べたいのかすぐにぴんとわかる。


「自分の身体の状態がわかること,内臓感覚がわかること,自分の心の声が聞こえることが,共感性につながり,情緒的知性につながる」と,いま訳しているすばらしい本に書かれている。


妊婦になると,自分の脳は自分の子宮を中心として身体のすみずみと直結する。
いや,もともと直結するラインはあったのだと思うが,理性や思考を優先して弱まっていたはずのラインが,いまやなによりも太くなっている。
自分のつらさ,お腹の痛み,空腹の具合,便秘の具合,疲労の度合い,お昼寝のタイミング・・・・・・
きっとこうして9ヶ月間,妊婦は母体をなによりも優先するようにできているのだろう。
自分の身体をほかのなによりもいたわるという,ふだんは忘れられている課題が最重要のものとなってあらわれる。自分と大切にすること以外なにもできなくなる。それが妊娠という身体と脳のシステムなのかもしれない。