なぜか囲碁
- 出版社/メーカー: アンバランス
- 発売日: 2002/09/27
- メディア: CD-ROM
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先日、ヒカルの碁 23 (ジャンプコミックス) まで大人買いしました。人から借りるのではなく、改めてじっくり自分の本として読むと、いろいろな発見がありました。
そこで、前回(1年ほど前)は挫折していたのですが、ふたたびパソコンソフトをひっぱりだして、囲碁にチャレンジしてみました!
やってみると?
前回より、なぜかできるようになっていました!マンガによる効果かな?
あるいは、脳というのは時間をおくことで学習効果が高まるそうなのですが、その働きによるものかもしれません。例えば夢にもあらわれているように、脳というのは眠ったり休んだりしている間に、さまざまな新しいつなぎあわせを試してみるそうです。(『海馬 脳は疲れない (新潮文庫)』参照)
それによって、「昨日できなかったのに、一晩眠ったらできるようになった!」ということが起こるようですね。
話はそれましたが、とにかく、前回よりも楽しく感じられるようになっていました。楽しいと思えるくらい、多少はできるようになったんですね。
「囲碁ってなんやらようわからん難しいもの」と思っていた心理的構えが取れたんですね。
さて、ちょっとだけ出来るようになって感じること。
なんて、心理療法とよく似ているんだろう
先日も、さまざまなプロの姿勢から心理療法の訓練技法を学ぶという話をしました。今回私が感じたのは、それに加えてさらに、囲碁というもののもつ『相互性』がとくに心理療法に通ずるものではないかということです。そして、囲碁を学ぶことによって心理療法がうまくなるんではないか??という、私の偉大なる発見です!!
ええ・・・ソウデスネ・・・きっと異論があるでしょうネ・・・
でもね、おもしろいんです。
囲碁っていうのは、こんなど素人が語ることができないものですが、あるいは素人だからこそこう感じてしまうのかもしれないんですけど、
- 果てしなく広い碁盤の上で、限りなく自由に展開される
- お互いが順番にひとつずつ碁石を打つ
- いちど打ったものは変えられない(将棋やチェスみたいに進んでいかない)
- 相手のうち方次第で、なんとおりもの道ができる
- 同じ相手としても、たったひとつ違うところにおくだけで、おどろくくらい全く異なった展開になる
- 「こうなっていきたい」という気持ちが、一手一手から伝わりあう
- 誠実に、あいての一手にこちらの一手をしっかりと気を抜かずに返していかないと、すぐにやられてしまう
- 相手にはっきり立ち向かう一手、高みからかなり先を見据えて打つ一手、相手の力量をうかがう一手、様子見の一手、油断して一気に身を切られる一手、定石の一手などのうち筋の捉え方
- センスもまた、非常に重要な要因である
- 最善の手や妙手はあるが、完全に正しい手はない
というところがあって、なんというか、他の対局するゲームとは異なったもののように思えます。このような点がすごく心理療法に似ているんです。
囲碁を覚え始めてから、ふと、あるカウンセリング過程を囲碁に捉えなおしてみることがあります。しつこいんですが囲碁はめちゃくちゃ初心者なんですよ。それでも、なんだかふっと、「ああ、この人はこういうひとなのかな」ということがわかったり、「ああ、今私はこういう文脈のなかでこういう段階にいるんだな」ということが見えたりします。大きなヒントを得られることがあります。
そのうち誰かと一緒にぱちんっ!とできたらカッコいいな〜と思うので、ぜひみなさんも始めてみてくださいね☆