つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天くだり来むものならなくに(和泉式部)


天の夕顔 (新潮文庫)

天の夕顔 (新潮文庫)


恋愛小説というのは、普遍的であり、その普遍性こそが、心に染み入る物語たる条件なのかもしれない。


誰しもが、このような気持ちになる。
けれどその瞬間は、すぐさま失われてしまう。
だからこそ、激しく狂おしい感情。


 ぢっと肩を並べたまま座つていると、わたくしはかういうことこそ、人の一生に何時までも忘れられず心に残るのではないかと思はれて来ました。
 ああ、あの時、総てが静まり返り、わたくし達の近くの、大きい木も小さい繁みも、シーンとなって、わたくし達は、わたくし達二人だけを、非常な集中で意識しあったのです。わたくし達は永久にに離れないでかうしているにちがひない。そして流れている時間が、急にピッタリと止ったやうな気がすると、わたくし達は永遠の中に住んでいるやうな気がしました。
 わたくし達の心の中に流れている静かな愛情は、もう完全に一つになつていました。こんなに一つになつたと思ふことが、人間の生涯の中に幾度あるでせうか。
 然し、ふと、その時、こんなに近く座つていても、何時か吾々にも別れる時があるのかと思ふと、急に悲しくなつて涙が出さうに思はれました。恋人達の喜びといふものは、その頂点で何時も悲しみを用意しているように思はれました。



P29 中河興一『天の夕顔』角川文庫 (昭和25年 初版  昭和43年 48版)

(図書館で借りたら、このような43年のものがありました。旧かなづかいと旧漢字が素敵です。でもタイプできないので、旧漢字は常用漢字に改めました。)