『わたしく率 イン歯ー、または世界』のスキゾフレニックな世界


これ以上ないくらいま逆の組み合わせで読みました。

玻璃の天

玻璃の天

しっとりとした文体と人物像、落ち着きのある物語世界はやはりこの人らしいですよね。
ステキです。
でも私としては今までの「軽め」の作品の方が好きですね。
六の宮の姫君 (創元推理文庫)

六の宮の姫君 (創元推理文庫)

こちらのシリーズ。私はずっとこの作者は女性なんだって思っていました。
面白いけれど、軽すぎず、きちんとしっとり感と手ごたえのある小説です。ぜんぶよかったなあ。
リセット (新潮文庫)ターン (新潮文庫)こっちのシリーズも。



「―神っていうのは、限りなく無力で、哀れなんだろうな。だからこそ、その悲しみを知る目で、人を見つめる。―そういう目で見つめられるから、人は救いを感じられるんじゃないかな」

北村薫玻璃の天文藝春秋 pp191.

カウンセラーもこうでなきゃいけないのかもしれませんね。



さて、これとほぼ同時に読んだのは、このような度肝を抜くタイトルのため図書館の棚にぽつんと残っていたあの作品!

わたくし率 イン 歯ー、または世界

わたくし率 イン 歯ー、または世界

なかなか興味深かったです。
主人公は歯科に勤めちゃうのですが、奥歯にこだわりがあるというかセネストパチー(体感幻覚)みたいなものを感じています。奥歯=自分って考えてもいいんじゃないか? っていう。そういうわれると、ああそういう世界観・自己概念もありなのかなあと思えてしまう、まことに独自の小説世界です。スキゾフレニックとも言えるかもしれません。少し抜粋してみましょう。


<(略)わたしをつねったり踏んだり嫌がらせをしたりするそれはわたしでなくともいずれ誰かに渡さなければならないもんです・いったん自分の中に入った痛みは・誰かに・なにかに・移動させるほかはないんです・三年子さんはそれをわたしに移動させているだけやのです・人も・ものも・一度受けた痛みをためながら生きることはほんまにほんまに困難です・テレビを見ます・人に会います・痛みが暴力というかたちをもって・ありとあらゆる痛みになります・投げて弾かれておりますね・痛みというのはありとあらゆる人々をあらゆる形態で通過してゆく痛みのくせに・それを真実・痛がれるのは・これここ・ここしかないのです!(略)〉pp55-56.


(略)そんなんちゃうで、そんなもんちゃうんじゃほんまのことは、自分が何かゆうてみい、人間が、一人称が、何で出来てるかゆうてみい、一人称なあ、あんたらなにげに使うてるけどなこれはどえらいもんなんや、おっとろしいほど終りがのうて孤独すぎるもんなんや(略)
pp80

川上未映子わたくし率 イン 歯ー、または世界講談社

こちらは個人の世界の認知の仕方のひとつを克明に表現したものとして、どきりとさせられます。ぜひ心理士のみなさんに読んでほしい本です。