精神科医が描いた新人ケースワーカーと精神疾患をもつ人との愛情と心の物語・・・心のイタむ小説


風の音が聞こえませんか

風の音が聞こえませんか

いろんなことを考えながら読みました。
なんだかすごーく、臨床1年目の自分を思い出しました・・・。痛かった・・・。そのころの自分が毛恥ずかしくもあり、うらやましくもあり・・・。これは臨床家の誰もが感じることじゃないかな。
でもいい小説です。


主人公は臨床1年目のPSWの女性。
Drがいう「1年目は一番ひとを癒す力が強いから・・・」という言葉を感じさせる彼女と患者さんの心のこもったやり取り。「人間」として、自分自身のまるごとぜんぶで患者さんに関わってしまうので、お互いに傷ついてしまう。もちろんそれは、専門職として「よくないこと」とされているのだけれど、心と心がありのままでぶつかりあって、「全力でかかわろう」として、その人のことを大切に大切に思っているときは、やっぱりすごいパワーをもつ。


「陽性転移」だとか「逆転移」だとかいろいろな言葉で説明されているけれど、人が人を大切に思って一生懸命に関わろうとすること以上に、心の治療において役に立つことはないのではないだろうか。


けれども、その「一生懸命さ」はやはり専門知識に裏打ちされた冷静さと経験とスキルが伴われなくてはならない。それができないと、自分自身も患者さんのことも傷つけてしまう。しかし、そういうった専門知識がしっかりと身につくころには、そのような「一生懸命さ」はこなれてしまい、最初のようなパワーをもつことができない・・・。もちろん上手に、傷つけることなく、自分も燃え尽きることなく支えていくことはできるけど、普通の人と人が深く関わりあう中で自然に発生する癒しあう力は弱まってしまうのかもしれない。よくもわるくも「専門家」になってしまう。


この小説の中に出てくるPSWの女性も医師も、患者さんとのかかわりの中で自分を見つめ、自分の傷と向き合い、不器用に、でも懸命に目の前の人と関わっている。読みながら何度も痛苦しい、はがゆい思いにとらわれる。「でも、このときはこうしかできないんだろうんなあ・・・」と感じる。いい小説です。できれば新人よりも、5年目以上の臨床家に読んでほしい本です。