恋愛と女性のうつ…うつ病の女性が2人登場する『スワンソング』

おぶすがお



スワンソング

スワンソング


読後感は「はぁ」の一言に尽きる。
結末まで書きますので、これから読む人はご注意を。


主人公の男性は、抑うつ的な女性に惹かれるらしい。結婚を前提に付き合っていた女性も、最初は祖母の死をきっかけに抑うつ的になっていた。その女性が健康にバリバリと、主人公以上にできる女性として仕事に取り組んでいると、主人公は窮屈になってしまう。次に惹かれた女性は、自分と、恋人がいる会社に入ってきた年下のはかなげな女の子。はぁ。


その女の子に惹かれてしまって、同じ職場で一時的に二股かけて、新しい方と付き合い始めて、そのふたりは毎日顔をあわせている。はぁ。


そして2人ともばっちりとうつ病を発症してしまう。素因があったうえに、多大なストレス源と毎日接しているんだからそうだよね。もちろん意図しようとも、意図せずとも、憎悪がどちらからどちらかへ向けられる。そして主人公は新しい方だけでも守らねばと、ほとんど毎日彼女の家に通って看病をする。食事、掃除、送り迎え。・・・それも大事かもしれないけど、もっと早く結婚して仕事を辞めさせてあげるとか、仕事を変えるように支援するとかしてほしいとイライラしながら読む。


結論としては、2人とも死ぬ。前の彼女が自殺。そのせいで新しい彼女のうつ病は増悪。主人公は結局、新しい彼女とも別れて仕事の都合で海外へ。はぁ。戻ってきたころには、その彼女が悪い男と結婚して子どもを生んでいたことを知る。ちょっとほっとする主人公。彼女に会いに行く。そしたらちょっとまえの彼女は病気で死んでいた。子どもの名前は、自殺した前の彼女の名前だった…。はぁ?


でもまあ、これだけの憤りを感じさせながら、気になって最後まで読まされてしまった。だから、小説としてはその本来の役目を果たしていると言えると思う。保坂和志が『書きあぐねている人のための小説入門』のなかで述べているが、

現実とつながっている小説とは、たとえば、現実でわだかまっているものが、その小説を読むとなおわだかまる―そんな小説のことだ。
pp68.

というものが小説の本質だとすると、たしかに、よりいっそうわだかまった!!


しかし・・・本当にむかむかした。
でもきっとこういうケースが実際にあるような気がする。だからむかむかしたのかなあ。
恋愛に際して、やはり女性はもっと強く賢くなってほしい。男性はもっと優しく賢くあってほしい。そう願う。
女性は自分の弱さをこのように、好きになった男性にすべてゆだね、明け渡すべきではない。そのための心病む女性はやはり多くて、みていてとても哀しい。

なんらかの喪失のために発生してきた悲哀の感情や罪悪感というこころの痛み,すなわち抑うつ不安の知覚やその感情をこことに抱えておくことにもちこたえられないとき,正常な悲哀の過程はさまざまな形で妨げられます。


悲哀を感じつづけることへのさまざまな形態での自己愛的な退避や逸脱が起こってくるのです。


言い換えれば,こころが悲哀の仕事や感情にもちこたえられないときに体験されるこころの痛みが,“抑うつ”と呼ばれる感情なのです。


回避されたはずの抑うつ不安が,(強いられたものとして無意識に)受身的にこころに感じられているための不快感や被害感(迫害感)が混在している苦痛な感情とも言い換えられましょう。



松木邦裕 『総説「抑うつ」についての理論』pp28 (松木邦裕・賀来博光【編】『抑うつの精神分析的アプローチ―病理の理解と心理療法による援助の実際 (精神分析臨床シリーズ)』金剛出版 pp15-49)

つまり、この『スワンソング』のケースで言えば、前の彼女は恋人を失ったこと、結婚を前提とした信頼関係のある人間関係を失ったこと、愛される自分自身のイメージの喪失、同じ職場の後輩の女性に温かく接してあげられるよい自己イメージの喪失に対する悲哀があり、同時に同じ職場にいる彼の裏切りや後輩の裏切りに対する被害感がぬぐいきれず、そのすべてが混然一体となった感情にもちこたえられなくなったといえます。


また、新しい彼女の方でいうと、先輩の恋人を奪うという出来事によりよい子の自己イメージを喪失、職場でのあたたかな人間関係の喪失、職場での回りの人間から自分に対する好意的な感情の喪失、自分の目標に向かって頑張れる仕事環境の喪失があり、同時に前の彼女と友好的に別れられなかった彼に対する被害感、前の彼女からの憎悪を感じるという迫害感があり、さらにこの女性の特性として前の彼女に対する罪悪感もかなり大きく感じ続けます。これではうつ病にならないほうが、こころの防衛機制が働いていないということになり、おかしいともいえます。


ここでやっぱり女性として強く思うのは、この男性に対する「はぁ?」という思いなのです・・・。でもやっぱり彼女たちにも、そんな男にふりまわされないでほしいという思いもあるし・・・。なんて、小説なのにおおいに悩んでしまいました。


ところでこの本、抑うつをDSMとかSSRIとかセロトニンといった用語に置き換えず、人間の営みとしての抑うつを語ろうとしているよい本です。

抑うつの精神分析的アプローチ―病理の理解と心理療法による援助の実際 (精神分析臨床シリーズ)

抑うつの精神分析的アプローチ―病理の理解と心理療法による援助の実際 (精神分析臨床シリーズ)