NHKスペシャル「うつ病治療 常識が変わる」を見て思ったこと その2 :いただいたコメントから うつ病の患者さんのご家族ご友人にむけて


 自分の症状を的確に短時間で主治医に伝えられる患者さんはとても少ないと思います。とくに強いうつ症状がある場合は,“自分に時間を使わせるのを申し訳ない,よくならなくて申し訳ない”という気持ちも感じやすく,処方された薬がどんなふうに効かないか,どんな苦痛があるかということをしっかりと伝えられずにいます。
また,立場が上のように感じられる医師に向かって「自己主張」しなくてはいけないわけですが,うつ状態の方にはこれはもう本当に難しいことです。


 症状として,注意,集中力も低下しているし,判断力も低下しているわけですから,自分の状態の変化を的確にとらえて表現するというのも,どう表現すれば医師にうまく伝わるかを考えるのも難しい状態です。


 さらには,身体疾患もふくめて,患者さんはみなさん医学の素人なので「どの症状が重要なものなのか,どれが病気による思考行動の変化なのか」ということがわかりません。なので,5分の診察では重要なことを“重要なものではない”と自己判断して言わずにいる,ということがあります。カウンセリングで1時間話を聞いていて初めてそういったことがわかって,「すぐにそのことを主治医に伝えましょう! すっごく大切な情報ですよ!」とびっくりすることがあります。でもご本人はたいしたことがないと思っていたりするのです。この点については血液検査や画像診断などのデータによってわからないから,患者さんの主観的表現(と家族の表現)しかデータがないために起こる精神疾患の診察の難しいところなんですよね。

 うつ症状が長引いてなかなか軽減されないというのは,本当に苦しいものです。「心の癌だ」と表現された患者さんもおられます。信頼できる主治医にめぐり会えずカウンセリングもデイケアも受けられない,環境のよい変化もない状態では,やはり治癒はかなり難しいものとなります。希望が持てない中で思考の障害も長期的にあるので,結果として行動も,そして人格も変わってしまったかのように感じられることもあります。けれどもやはり,うつ症状が的確に治療されると,「あの暗くてしつこくて悲観的で被害的で周り中を悪者だと思ってしまう嫌な性格」はなんだったんだというように,別人のようになります。


 希死念慮はいろいろなものをあらわしている可能性があります。けれどもっとも心配すべきなのはやはり「うつ症状としての希死念慮」です。その手当てを最優先する必要があります。その次に考えるべきなのは嫌われたり怒られたり見捨てられるのではないかという強い不安があるために(自信もないために)「素直にお願いしたり甘えたりわがままを言えない」ために,我慢して我慢して“死にたい”という言葉で気持ちを伝えようとしてしまうのではないかという可能性について考えることです。


 最後に,家族や友人がうつという場合,一般論になってしまうので,あてはまらないものもあるとは思うのですが,ご参考になれば幸いと思って,こういうところに気をつけてご自分の健康状態を保っていただけたらいいなと思うところをお伝えしますね。


 サポートする方の気分転換する時間の確保,「ここまでだったらいつでもサポートできるよ。でも私がこういうとき/こういう時間帯/こういう問題に関してはサポートできないことがあるよ」という限界を超えないこと(疲れ切って,燃え尽きて,怒りや苛立ちを感じるようになってしまう),「いつかきっとよくなる」という楽観的な希望を自分の中に保ち続けること,専門家のサポートを受けること(家族や友人の方でも,うつの方のサポート役として接し続けるならば数ヶ月に1回でもいいから地方自治体の無料の相談などを活用して,専門家と相談しながらサポートしていくことが理想的),サポートする方ご自身が自分の睡眠,食事,身体的な健康状態に気をつけること,仕事やプライベートなどで他のストレスがあるときはそれを本人に伝えて距離をとり,無理しないこと…。


 うつについては専門的に勉強,研修,研究,治療を続けているので,ついつい終わりなく語ってしまうのですが,うつというのは本当に奥深く,難しい,一人一人によって同じでありながら異なる精神症状です。うつ症状は同じものであっても,一人一人どのような薬がどのようなタイミングで効くのか,どのような心理的因子が関わっているのか,どのような生活調整とリハビリが最適なのかといったことが異なります。また,すべての身体疾患にも精神疾患にも,そして誰にでもうつ症状は起こります。そのことがまた,うつ病の正確な診断と治療を難しくしています。


 すべてのうつ病患者さんとそのご家族が,症状を「誰にでもある心の風邪,病院さえ行けば治るもの」と気軽にとらえることなく,危険がともなう癌のオペを受けるときと同じくらいの真剣さと深刻さをもって治療について学び,検討し,そして信頼できる主治医にめぐり合い,自分にあった心理療法やリハビリプログラムを受けられることを願っています。


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NHKスペシャル「うつ病治療 常識が変わる」を見て思ったこと - Psychotherapist Tetoの日記あるいはふっくらネコてとの日記