NHKスペシャル「うつ病治療 常識が変わる」を見て思ったこと

NHKスペシャル


 昨日NHKスペシャル「うつ病治療 常識が変わる」を見ました。まずは、うつ病歴が長く、その後治療を受けて大きく改善された方がテレビに出て発言していらっしゃったことに感謝と敬意をお伝えしたいなと思いました。患者さんたちは重篤なうつのエピソードの最中には「自分がいつかよくなる」というイメージが描けずにいます。そんなとき、「よくなったよ、あなたもきっとよくなるよ」というメッセージをお伝えしてくださるもと患者さんの言葉と、実際によくなった姿ほど勇気付けられるものはありません。


 さて、薬物療法については、“常識が変わる”というのは大げさかなと思いました(画像診断についてはあてはまりますけども)。東京では精神科での研修を受けていない、精神保健指定医でもない医師が「精神科」を標榜してうつ病の治療をしている、そういう医師が多いのではないかというところにはとても驚きました。
 地方では大学病院で精神科の研修をみっちり受けた精神科医しかいないので、今のところは「何じゃこの投薬内容は!」というようなケースはあまり多くは見られません。時間のない中で生物学的な視点から真摯にうつ病治療に取り組んでいる医師の方が多いように感じます。
 ですから、そのあたりはテレビを見た方が“開業医は全部あやしい”という誤解をもたなければいいなと思っています。


 現在、うつ病などで精神科や心療内科を受診しようとされる方の数は増えています。その一方で、しっかりと研修を受けた精神科医の数は少ない。このままではパンクしてしまう。患者さんが多いから、お断りするわけにも行かないのですべての方にお会いしようとすると、お一人5分未満になってしまう。そうならざるを得ないという実情がある。


 さらに、臨床心理士ならばお一人50分心理療法をできるのですが、カウンセリングには保険点数がつかないので、自費になるか病院のサービス部門になってしまう。だからやっぱり医師がぜんぶ見ないといけない。


 さらにさらに、自殺者数が3万人を超えた、というあたりから国の方針として「うつ病を予防し治療すればいい。精神科を受診させよう」というキャンペーンが起こっている。するともっともっと精神科医は足りない、研修時間も足りない、精神科医は一人当たりの患者さんの話をじっくり聞く時間がなくなる…薬出すしかない…内科などに患者さんをお願いせざるを得ないという背景もあるのです。


 それでは、心理療法について。なんか、視聴者の方が“普通の傾聴や共感だけのカウンセリングではうつ病は治らない。認知行動療法じゃないとだめだ”と誤解しなければいいな…とちょっと不安に思いました。


 もちろん認知行動療法うつ病治療に治療効果をあげているというデータがあるのですが、もっと大きいところでは「信頼関係」「1対1で長期的に継続的に話を聞いて、理解して、援助するサポート関係」「誠意と熱意」みたいなところに治療要因があるというデータもあります。認知行動療法の研修を受けたことがあり、それをうつ病の方の治療に取り入れている臨床心理士はむしろ多いのですが、“認知行動療法をしています”と看板を出したりはしません。ありとあらゆる療法や理論を学び、研修を受け、そのうえで「目の前にいるこの患者さんにはどのような援助がもっとも適切か」ということを考え、信頼関係をはぐくみながら、時期を見てタイミングを見て心理的成長の度合いを見て、ベストだと思われる心理療法を提供するのが臨床心理士の技量であり役目です。


 これだけの技量を保つために、6年間の専門教育(大学4年院2年)、5年後との資格更新制度(研修や研究を行っていないと資格剥奪)、国家試験に準ずる資格試験があるにもかかわらず、そして現場でカウンセリングを求める患者さんはご家族はかなり多いにもかかわらず、国家資格でもないし保険点数もつかないし、患者さんがカウンセリングを受けようと思ったら、治療の質をあげるために臨床心理士を雇っているよい病院を探し出して、順番を待ち、幸運な人だけカウンセリングを受けられる(保険点数がつかないので、必ず嫌でも薬が必要なくても医師の診察を併用する。長い待ち時間が生じる)、もしくは自費診療として1時間5千円〜2万円必要になる。さらには、国家資格化されていないので、どんな人でも「カウンセラー」「心理カウンセラー」「心理療法師」とかいろいろな名前をつけて占い師のように開業できてしまう。


 ですが心理士だけが必要なわけでもなく、野村先生が言われたように、精神保健福祉士(ちなみに国家資格)や看護師さんがやっておられるデイケアプログラムもすばらしいですし、地域の保健師さんが家を回ってお話を聞かれたり、復職プログラムをつくったりされています。


 うつ病の治療はまさにこのような包括的なプログラムが必要であって、理想的には以下のようなサポートが必要です。実際にはこれを医師一人がやっていたり臨床心理士一人がやっていたり、あるいはいくつもの機関が連携してやっていたり、あるいはこのうちの1つしか受けられなかったりしているわけです。



1)まずうつ病ではないかを気づき、気軽に相談できる場所
2)患者さんの話をじっくりと聞きだし、環境因子、心理因子、身体因子などを理解する役割の専門家
3)生物学的な面から患者さんのうつ症状を治療する医師
4)生活調整、うつ病についての心理教育(どのような病気であって、治るために何が必要か、今はどういう時期でどうやってすごすべきかを患者さんとご家族に伝える)をする役割の専門職
5)認知行動療法など心理療法によって心理的因子の治療、環境調整・ストレスマネージメント能力の向上、思考認知スキルの向上
6)治癒が近づいてきたら、心理教育を行いながらリハビリのマネージメント(今どういう時期で何がもっとも大切か)をオーダーメイドで行う役割の専門職
7)職場や学校への受け入れを調整してくれる役割の人


 つまり、心理療法さえ受ければいいというわけでもなく、適切な薬さえ飲んでいればいいというわけでもなく、うつ病治療の鍵は「その人のストレスや環境因子をアセスメントして、治療と休養のレベルを判断し、その人に合った適切な時期に、適切な減薬とリハビリをマネージメントしてくれる専門家」が必要なのだということです。医師がこの役目をしている場合が多いのですが、これには患者さんの話をじっくり聞く時間が必要、でも現状ではその時間がまったく足りないということなのです。


 NHKスペシャルのうつの特集はとてもよい企画ですし、続いたらいいなと思いますが、せっかく野村先生のような素晴らしい先生に来ていただくならば、企画の段階からもう少し専門家を入れて誤解のないように、広く深い実情を見据えた上で、患者さんが短絡的に判断することのないようにしていただけるといいなと思います。


 今回の場合は、コメンテーターとしてイギリスで学ぶ心理の方ではなく(日本にはいないのかという印象を受けてしまう)、日本でしっかりと認知行動療法を取り入れた心理療法を行っている臨床心理士の方がちゃんといるんだということを紹介してほしかったし、医師のよしあしばかりではなく、デイケアプログラムで高い評価を受けているものがあるということ、患者さんにとっての新たな選択肢がすぐ近くにあるということを同時にきちんと紹介してほしかったなと思います。