母親毒殺未遂事件、NHK記者逮捕の件について思うこと

さいころじすとさんのページで母親毒殺未遂事件について書かれていました。

http://d.hatena.ne.jp/psychologist/20051107


私も6日22時の「週間人物ライブ スタ☆メン」を見たのです。そして同じく、疑問を感じながら、言葉にできずもやもやしていました。そこをさいことじすとさんがとても丁寧にまとめてご意見を書いてくださったので、私も触発され、少し書いてみようと思いました。


「心の闇があったから」「いじめがあったから」「解離が起こっていたから」「多重人格だったから」「ストレスが溜まっていたから」「仕事がうまくいかなかったから」「上司の理解がなかったから」殺人を起こすわけではないし、放火するわけでもありません。


(1)発達のバランスはどうなのか、偏りや微細脳欠陥はないのか、IQの問題、偏りはないか、知的障害がないとしても、本人が多大な生き難さを感じ・周囲が多大な育てにくさを感じるような発達障害はないか、心の理論・共感能力・社会能力の障害や、過度のこだわり、知覚過敏などの知覚の障害はみられないか。


(2)人格の偏りはどうなのか、生得的、素因としての人格はどのようなものであったか。


(3)家族はどのような歴史を持った、どのような人であり、どのような価値観を持って、本人に小さい頃からどのように接したか。


(4)それが(1)(2)によって、どのように影響を受け、どのような接し方になったか。


(5)学校での人間関係は(1)(2)によって、どのように影響を受け、本人と周囲はどのような接し方になっていたか。


(6)2次障害として、(4)(5)によって、本人はどのように認知的・情緒的・人格的に影響を受けたか。


(7)それらよってうつ、不安などの精神疾患に罹患しているか。それによって本人の通常の思考・認知・情緒のコントロール能力・責任能力の度合いはどれだけ傷害されているか。


(8)DSM−Ⅳでいう反社会性、あるいはA群の人格障害はあるのか。


(9)身体疾患などの器質的要因はないか、栄養状態や睡眠、疲労などの影響はどうか。


(10)すべてを統合した上で、今ここにいる本人はどのようにありたい(存在したい being)と願っているのか。例えば、生きがいや趣味は何か。楽しいことは何か。苦しいことは何か。悲しいことは何か。生きていてよかったと思えるときはどんなときか。どのような人間になりたいと願っているのか。そういうことを願える力はあるのか。


(11)本人が援助を求めているとき、これらのすべてを使ってどのように本人にとって効果的に援助できるか。本人にとっての「適応」とは何か。社会とどのように折り合いをつけることが、本人にとって居心地よい生き方につながるのか。


などなど。こういった視点は、その心理士の臨床観がいろいろ入ってくるところですね。とにかくこれらを全て統合的に見ることで、なんとか専門家として「仮説をたてられるかな」というくらいになります。それより少ない情報で考えるとなると、それはもう「仮説の仮説」です。


昨日のテレビでは、ほんの一部の公開された情報を使って、仮設の仮説を何人かの角度からちょこっとさわっていたというような印象を受けました。限定された情報を使ってテレビでコメントする専門家の方は大変だろうなあと思います。無責任なことも言えないし、マスコミの意見を限定する方向の仮説を言うのも憚られるでしょうし。


それでもやはりこの2つの事件は、専門家としても矜持を正して意味を考えるべき事件のように思われます。例えば、こういった事件を予防していくようなかかわりはできるのかということを考えなければなりません。


小学校で、過程で、中高校で、病院で、専門家として何ができるのか、社会に対してどのように仕事することができるのか、本人たちをこのような犯罪を犯すにいたらないよう、どのようにして守ってやれるのか。そのような視点から、支援や治療あるいは療育の可能性とあり方を改めて考えて、行動していくことも、私たちの仕事なのだと思っています。


例えば、小学校で私たちのしていることが、どんなに不毛な関わりに見えても、その子どもの将来という視点から物事を見て、そのとき大きな問題が起こっていなくても、心の消防士さんはがんばらなければいけないのです。3年後、5年後、10年後、20年後、そしてできればずっと先まで、社会で本人が少しでも居心地よく存在できるようにと考えます。ときにしつけをし、ときに保護者を説得し支援し、ときに担任と何時間も協議し、ときに療育し、ソーシャルスキルレーニングを行い、必要な期間を紹介し、あるいは地道に関わり続ける・・・。


それはもう本当に地道ですが、彼らがあるいは私たちが、自殺や犯罪という最後の自己表現あるいは自己救済の方法をとらないで済む社会をしっかりとつくっていけたらいいなと思います。予防として、いまは「普通」に見える多くの子どもたちに、あたたかく厳しく丁寧に、その本人が必要とするやり方で関わる仕事をする人が、たくさん居心地よく働いている社会になってほしいと強く願います。


【ふと思い出したオススメ本】
消防士さんの話です。「よしがんばろう!」と心が熱くなる!
ぜひ大人買いしてください☆

め組の大吾 (1) (小学館文庫)

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