レポート課題と試験における講師の愛情
あ〜、腰が痛い。
この時期はテストづくりと採点と模範解答づくりで、すっかり腰が痛くなります。
前期は2つの授業を受け持っています。看護学校と保育専門学校です。私のモットーとしては、授業(グループディスカッション)に全員参加させ、レポートを2回以上出させ、その上でさらに自分の考えを確認するきっかけとしてのテスト問題を作り、それを全部埋めれば全員合格させる!としています。
そのために、毎回エクセルを駆使して得点にさまざまな「下駄」を与えています・・・。どのような数式にすれば、全員60点以上になるかと頭を使います。今回は
(レポート1+レポート2)*1.5+問Ⅰ*2+(問Ⅱ+問Ⅲ+問Ⅳ)*4.25-誤字脱字*1=140
みたいな数式で、最高得点が140点
というものすごい温情採点。(100点以上を100点にします。それでも1クラスで100点は5人ほど)
それなのに・・・ふたりも40点台がでてしまった!!!
ガーン・・・。( ̄□ ̄;)!!
わ、わたしの教え方がまずかったのだろうか・・・。カウンセリング演習を含めた心理学の授業で40点台を取るような看護師を世に送り出してもよいのだろうか・・・。ううぅ・・・どうしよう・・・。でも解剖学のようにはっきりと答えのあるものでもないし・・・ばっさり落とすのもかわいそうだし・・・持ち込み可の再テスト(同じ問題)かしら・・・。
学生の頃、授業だけ受けていたときは、先生のこのような苦悩など考えたこともなかった。今思えば、採点ひとつにもレポートの課題ひとつにも、教え子への愛がつまっていたんだなあ。「これを書かせたら、より深く理解するきっかけになるかな」「これを考えさせれば、自分自身の〜の知識がまとまるかな」と、教え子の理解の到達度を高めることをめざして、課題をつくるものなんですね。
苦しめて喜んでいるわけじゃ、なかったのね・・・。
学生のときは、やっぱりレポートが苦しかったなあ。「締め切りのない世界へ行きたい・・・。早く卒業したい・・・。うぅぅぅ」としょっちゅう唸っていた。常に悶えていた。今から思えば、自分のための課題を設定してくれて、時間をかけて読んで採点してくれる人がいるというだけで、幸せだったのだ。
今は・・・今も締め切りのある原稿を抱えているけれど、学生の頃のようにせっぱつまっていない。そこには「自分で選び取った課題」であるという違いがある。学会発表にしてもそうだけれど、自己決定された動機づけの高い課題ばかりになる。こうなってくると、課題をやるにも喜びややりがいが出てくるよね。
それでも、せっぱつまると苦しくなって、「なんでこんなことやることにしたんじゃ〜自分!」と腹が立つこともあるけれども・・・。