「人生のなかにはあまりに貴重でつづくはずがないものがある」


石の庭園

石の庭園


17歳。これから永遠に愛し合うはずだった幼なじみの恋人が殺される。
翻訳がうまいのもあると思うが、拙い苦しみとどうしようもなく暴力的なまでの悲しみが、びしびしと伝わってくる。


「マシュー・スワンを愛してるの」深まる闇の中で私はささやいた。青いビロードのなかに、エイミーの鉄床から火花が飛ぶ。エイミーのハンマーの動きが止まった。
「すてきね」彼女も小さな声で言った。「彼は本当に愛する価値のある人よ」
 私は泣いた。そのときまで誰にも話したことがなかったからかもしれないけど、それよりもたぶん、マシューへの思いを口にすると、私の中に喜びと同量の悲しみが満ちてくるからだと思う。口に出すと、本当になる。本当になると、落としたり壊したり汚したり台無しにしたりできる。(p41)



 いまの私は、ひとは死ねると思っている。あまりにつらく、孤独で、胸がふさがれ、怒りにのみこまれて、恐怖と悲しみと失望と疲労に圧倒されたら、人は横になって、二度と起きあがらないかもしれない。眠ることも食べることも話すことも笑うことも心を躍らせることも驚くことも二度とない。そしてひとは愛のために死ぬ。愛の不在のために。(p91)



 タイルが肌にひんやりと冷たかった。私はシャワーの壁にもたれて、頭の上に水が流れ落ちるのを感じていた。体の内側のこの感覚はなんだろうと考えた。いちばん近いのは空腹感だった。私はけっして得られないものを欲している。それは一年近く欲していたものだった。それを欲するのをやめたらどうなるだろう?あばら骨のあいだに刺さったナイフが消えるだろうか?また息ができるようになるだろうか?目を開けてそこに灰色のベールがないのは、どんな感じだろう?私はもう目を覚ましたくないのだ、とわかった。私は疲れ切って、死にたいと思っている。(p262)


モリー・モイナハン 星野真理訳 『石の庭園』 2006 中央公論新社