自分の悩みに専門書:疼痛と心の相関


今日の職業病考察その2です。先日ひどい片頭痛と顎関節の痛みに襲われ、痛み止めを飲んで仕事しながら涙目になっていました。あまりの痛さと「仕事に行かねば」という気持ちの板ばさみになって、なんだかうつ気分にもなります。「ううう、このまま死ぬんだ」「もう一生この痛みは治らないんだ」「仕事のストレスで片頭痛になるんだ・・・。もうこの仕事続けられないよ・・・」と、ばっちり抑うつ的認知(過度の一般化、未来の悲観、自責)になります。


こんなとき一方で思うこと。



「うう、やっぱり痛みは抑うつ気分を引き起こすのだなあ」



心に自分という1データを刻みながら、やはり涙目。これではいかん! と気を取り直し、図書館から借りておいた専門書を片手に仕事へ。これを運転中の赤信号で読み(危ないからやめましょう)、仕事中の空き時間に読み、昼ごはんとともに読み・・・(目と脳を休めるべきではないかとのつっこみを自分にしながらも)


その本とは・・・


心と体の「痛み学」―現代疼痛医学はここまで治す

心と体の「痛み学」―現代疼痛医学はここまで治す


いやあ、いい本です。脳において、身体からの痛みの信号をキャッチするとその知覚は辺縁系で感情に結び付けられるようなのです。このことについて、事例と臨床例と研究などをとても読みやすく紹介してくれています。


痛みに対してネガティブな認知を伴うときは、痛みの知覚は「大きな苦痛」として認識される。痛みに対してポジティブな認知(もう戦いの前線に戻らなくてもいいなど)が伴うときは、痛みの知覚はあるが「大きな苦痛」としては認識されない。


痛みは心理的な過程であると学部時代に習っていたのですが
(このすばらしい本で)

行動学入門―生物科学としての心理学

行動学入門―生物科学としての心理学

脳のシステムと臨床例をともに学ぶと、とても理解しやすいですね。


さて、これを読んで片頭痛と顎関節の痛みがやわらいだかというと・・・私は「心理状態を快適にすることがやはり大切だ」と理解し、「重大疾患なのではないか」という心身症的不安を放り投げ、顎関節の痛みについてネットでリサーチしたがる手も止め、差し支えない範囲で仕事を早めに切り上げ、まっすぐ家に帰り、おいしいミルクティーを飲み、薬を飲んで頭を冷やして快適な状態でベッドに寝転がり、ちょっと眠って愛する友達と長電話をしました。それによって、「風邪ではないか?」という友達の指摘による新しい認知も得て、リラックス感と安心感と休養を得て、片頭痛と顎関節の痛みは軽快したのでありました。


でもあれですね、週末になると緊張がとけて心身の痛みを感じるあるいは風邪を発症するというのも職業病ですよね。もうちょっとリラックスして仕事しなくてはいけないなと思うのですが、やはりカウンセリング中は真剣勝負なので、力なかなか抜けませんね。もっと上手くなれば、リラックスできるのかなあ?