(短編小説のための習作 第2話)


(短編小説ための習作 第1話 メモ) - Psychotherapist Tetoの日記あるいはふっくらネコてとの日記


前回のあらすじ:
 おだやかだった日常にまぎれこんだ1枚のメモ「もちつき 天気晴れ」、そのメモのもつ暴力的な脱力感によって「私」の安寧は津波後のモルディブのように跡形もなくなぎ払われた。「私」はメモを手にして、妹の後を追う。



第2章 もちといもうと



もんやりとした雲が空を覆っている。風はない。寒さのあまり鼻水をたらしながら、恨みがましく景色を見渡す。春らしさを伝えてくれるものは、申し訳程度にちゅんちゅんと囀る小鳥しかいない。
「花粉症かな」
 鼻をぬぐいながらひとりでつぶやいてみる。花粉症だとしたら…確かに春である。私は遅い春にいちゃもんをつけるのをあきらめ、意識を鼻から目の前に見え隠れする妹の後姿に向けた。彼女は鼻歌を歌いながら、りょうちゃんの手を引いてどこかに向かっている。りょうちゃんの手にはポケモンのエプロンが握られていた。
「エプロン…」
 やはり彼女たちは「もちつき」に関連するなにかに従事するため、このように鼻曇り、じゃなくて花曇りの日曜日に外出したのに違いない。エプロンはその確固たる証拠のように思える。


しかし…4月の9日に、とりたててめでたいことがあったわけでもなく、天候を気にしながら屋外で行われるもちつきとはいったいどのような意図をもって行われるものなのだろう。そこには何がしかの象徴的祝祭性がこめられているべきであり、明確なテーゼが示されているはずである。



そのうち、彼女たちの姿は一軒の家の中に消えた。そうちゃん家である。そうちゃんとは保育園においてりょうちゃんの親友の位置を占める5歳の男子である。うーむ、そうちゃん一家にとって全くの見知らぬ他人である私が、りょうちゃんの伯母だからという理由でもち関連のイベント的集まりに参加するわけにはいかないだろう。



めちゃくちゃ伯母バカだと思われるよ・・・。



しかたなく私は引き返すことにした。もちろん垣根の隙間から覗き込むという選択肢もあったが、近所の人に見られてしまったら不審者として通報されかねない。



臨床心理士 不審者として捕まる」



このような見出しだけは断固として避けなくてはならない。謎の解明をあきらめ、私は家に戻った。彼女たちがそこでいったい何を行っていたのかということが明らかになったのはおよそ5時間後であった。



ふぞろいなもちを手に妹とりょうちゃんが帰宅する。やはりもちつき大会であったのだ。しかしなぜこのような時期に緊急に召集され、もちつき大会なるものが行われたのか?妹はもちをたらふく食べた後の満足げな様子で答えた。

「オークションだよ」

はぁ?またしても私は妹の脳の構造に対して疑問を感じた。もちつきとオークション・・・。そこにはどのような関連性も見出すことができない。心底疑惑の眼差しを向ける私に妹は言った。

「だから、そうちゃんちのね、お父さんとお母さんが、ネット・オークションでうすときねと蒸篭をね、落札したのよ。使い込んである方がいいらしいから。それで、そのお披露目のね、もちつき。」



ネット・オークションでうすときねを売る方もどうかと思うが、


買う方もどうかなってなおちゃんは思うんだ…。


もちろんそんなことは言えないけれど。



まあとにかく、謎は解けた。
妹もりょうちゃんも、昔ながらの作り方でつくったおもちをたらふく食べ、幸せそうである。使い込まれたうすときねはその効果を存分に発揮し、誇りに輝いていることだろう。
このようにして私の平和も戻ってきた。
よかった・・・。
今後変なメモはやめるように妹に告げると、私はおみやげのおもちをほおばった。懐かしい味がした。



あとがき:もちろんこの話はすべてノンフィクションである。話題提供者であるともちゃんとりょうちゃん、そしてそうちゃんファミリーにこの物語を捧げる・・・